旭川のギャラリープルプルで、工藤和彦のワークショップ

 旭川駅正面からまっすぐ伸びた買い物公園通りの7条緑道の角にある、ギャラリープルプルにてワークショップをしました。
今回のワークショップは日常の暮らしの道具を作るというコンセプトから、「箸置き」を作ることにしました。

ご家族や、高校生、大学生など、子どもから大人までの方達が15名ほど参加してくれました。
まずは、簡単な説明から、、、

同じ形の箸置きを家族の分など沢山作りたい時、石膏の型を使うと便利なことを説明。

「石膏型による基本的な箸置きの作り方」
①粘土で箸置きの原型をつくります。
②原型をビニールやプラスチックボードの上に置き、原型から1cm離して周囲を粘土で作った壁で囲みます。
③原型が見えなくなるまで、石膏を流し入れます。
④石膏が凝固したら、壁にしていた粘土と箸置きの原型を取り除きます。この石膏の固まりが型となります。
⑤石膏の型の窪みに剥離し易くするために片栗粉をまぶし、窪みが埋まるまで粘土を入れて押し付けます。
⑥石膏型から、慎重に粘土を取ると、、、、、原型と同じものが出来上がり!
※注意点は原型の形状で、型から抜き易くするようにするために、引っかかりがないようにする必要があります。

ワークショップでは焼成まで出来ないので、ここまでの説明です。

ただ、粘土で原型を作るのにはコツがあって、しっかり角をつくったり、文字や文様を浮き彫りにするなどは大変難しい作業となります。誰でも簡単に思い描いた箸置きを作れないものかと知恵を絞ってみました。

そして思いついたのが!原型を消しゴムで作るという方法。我ながらGoodアイディア。
消しゴムを彫刻刀やカッターで削ったり、曲面は紙などでこすって削って滑らかにも出来ます。
扱いにくい粘土よりも、この方法は簡単です。

一目瞭然!こういうこと。

消しゴムの箸置き原型です。

注意点としては焼成すると小さくなるので、それを考えて消しゴムの大きさを考える必要がありますね。
・・・・・・・・ということで説明終了。

早速、消しゴムを削るのに真剣な皆さん。

石膏が固まって、消しゴムの原型を取り出す瞬間はワクワクします。
・・・・上手く取れました!
その窪みに片栗粉まぶして、粘土を入れて指で押し付けて取り出せば元の形が出来るのです。

なかなかの力作が出来ました。
1週間ほど乾燥させて窯で焼成すれば、陶器の箸置きの完成!
石膏型は各自持ち帰って頂いたので、大事にしていれば何年後でも同じものが何度も作れますね。

以上、工藤和彦の「消しゴムを使った箸置きワークショップ」の報告でした。

朝日新聞で紹介されました。

 朝日新聞の2012年11月14日の朝刊(全国版)で工藤和彦の六角小鉢が紹介されました。見開きで、イトウの口元に記事があります。

松山猛さんが選ぶ今月の47な一品というコーナー。

地球を感じる!
土も釉薬も自分の手で

 全国からのお薦めの逸品を、松山猛さんが試す当コーナー。北海道旭川市の陶芸家・工藤和彦さんの作品を手にした松山さんは、「どれもいい色。白いものは白樺の釉薬だそうだけど珍しい」と第一印象。釉薬には、寒い冬に暖をとる自宅の薪ストーブの灰を利用。粘土は自身の手で近隣から掘り出している。その土は大陸から飛んできた黄砂が、長い年月をかけ堆積したものだとか。「北海道で採掘しても、元は違う国の土。地球は動いているーーーーそういうことを感じるね」。作家と大地の時間をうちに秘めた器なのだ。
(記事参照)

嬉しいコメントを頂きました。松山様ありがとうございます。朝日新聞を是非ご覧下さい。
なお、この企画は雑誌「ソコトコ」様により実現しました。また、北海道の逸品として紹介して下さった森末様、感謝申し上げます。

雪降る前の粘土堀り

 北海道もそろそろ冬本番の様相になって来た。
雪が積もってしまうと大変なのが粘土堀り。マイナス20度の中で粘土を掘った経験もあるが、それは過酷としか言いようのない体験で、、、、もうやりたくない。
ということで、雪が降る前に慌てて粘土を掘りに出かけた。

 今年3回目となる今回。前回に掘った所から30センチ離して掘り始める。ほとんど粘土の質は同じになる。この15年ぐらい20メートル四方ぐらいの所で掘っているので変化はない。自分で掘るということは一見重労働で大変だが、長年に渡り同じ土地の状況を知る上では重要なことだと僕は思っている。
機械で掘るのは楽なようだが、一度に大量に粘土を入手してしまうと、年に3回もこの土地を訪れることはなくなるだろう。土地と自分との関係性が作品に繋がって行くと僕は信じている。

 この土地は地表から粘土になっているが、草が生えているので50センチ掘ってから粘土を採りはじめる。
 どんどん掘り進めるといい感じの粘土が出て来る出て来る。スコップひと堀りごとに、うつわの形を考えたりすると、楽しい作業となる。
どんどん掘って160センチぐらいになった。

寒風が吹いても穴の中は大丈夫。掘った穴の中から見る空はなかなか良いもんです。

2日間で軽トラック3台分の粘土を確保。何とか雪とけまで持ちこたえるだろう。

夕暮れが迫って来たので粘土堀りは終了。今年はこれで最後。
掘った粘土を無駄にすることなく、いい作品を作らなくては、、、、

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陶芸家と窯

 知り合いの陶芸関係者から、「工藤君、窯いらないかい」という電話があった。聞けば4年前の秋にお亡くなりになった旭川の陶芸家佐藤倬甫(たくほ)さんの窯だという。
 倬甫さんは、1996年に僕が本格的に陶芸作家として歩み始めた時から親しくして下さった。20歳以上の年齢差があるものの、陶芸に対する考え方を共感出来る方だった。
 北海道での陶芸は、しばしば環境の困難さから、続けて行くことに不安を抱く。そんな僕にとって旭川で創作活動を重ねている倬甫さんは憧れの存在だった。一緒に取り組んだ札幌での企画展などは思い出深い。
 彼は北海道の陶芸家としての自信を、僕に与えてくれた。

 倬甫さんの作品は素朴で温かみがありながら、力強さを感じさせる。まさに北海道の風土をストレートに作品に込めたという印象がある。
 享年61歳。陶芸家としてはこれからという時だったのにと、その無念を想う。

 倬甫さんの窯を譲り受けるには、何かしらの覚悟のようなものが僕には必要だった。それは、陶芸に対する想いのようなものを繋いで行くということかもしれない。僕には荷が重い。しかし、「倬甫さんが焼いていた窯で、僕も焼いてみたい」率直にそう思うのだから頂くことにした。

 4トンのユニック車をレンタルして、倬甫さんの主宰していた「納屋工房」に向かう。工房は生前のままで、主を失って寂しげだった。そんな中でも窯は工房の核となって、その存在をかろうじて保っているようだった。
 2トン以上もの重量がある窯を移動するのは大変なことで、大事故にも繋がりかねないので慎重に作業を進める。ユニックで宙づりにして、工房からトラックの荷台に窯を移動させると、一気に「納屋工房」の存在が薄らいでいくのが分かって寂しくもあった。

 旭川市内を横断して、僕の工房に倬甫さんの窯を運んだ。屋内に入れるのは想像以上に大変だった。あまりにも大きい窯だったので、工房のコンクリートの外壁をハンマーで大きくぶち破らなければならなかった。機械が入らないので、鉄パイプをコロにして人力で移動するしかなかった。

 この窯がしっかり設置され、使えるようになるのはきっと来年になる。窯の前で温度や炎の状況を僕が見ている姿は、きっと倬甫さんと同じような仕草になるだろう。そういう僕を見るこの窯と、これから日々、付き合って行くことになる。出来ればいい仕事を見せたいものだ。

常滑散策 キンモクセイの香り

 名古屋のうつわのお店「季器」さんで開催される個展で会場に在廊するため、中部国際空港に行った。空港から、名古屋市内に向かう電車の路線を見ていたら「常滑」に気がついた。
焼き物の街「常滑」は空港から、驚くほど近い。行く予定はなかったが、つい足が向いてしまった。

 常滑には、高校2年生の時に訪れた。しかし、駅を降りて街を眺めるが、町並みは随分変わっていて何処をどのように回ったのかよく思い出せない。
とにかく歩いてみると、、、、、
コンクリートの壁に招き猫がいっぱい。
よく壊されないものだ。さすが陶器の街!と妙に感心。

旭川だと冬の寒さで、痛んでしまうのであり得ない光景だ。
鯉江良二さんのニャンコもあった。

 常滑の駅に置かれている観光マップは内容が充実していて、散策するのに参考になる。
僕は、こういうマップを見ていると町外れにある施設が気になってしまう。
観光者が行きそうもない「常滑市民俗資料館」だ。徒歩だと随分ありそうだが、気合いで出発する。
 常滑はアップダウンが多いので歩くのにはつらい。この地形を利用して穴を掘って窯を作った訳で、だからこそ陶器の街として栄えたのだ。
 常滑の歴史は古く、六古窯のひとつとなっている。六古窯とは、瀬戸焼(愛知県瀬戸市)常滑焼(愛知県常滑市)越前焼(福井県越前町)信楽焼(滋賀県信楽町)丹波焼(兵庫県篠山市)備前焼(岡山県備前市)高校の時に電車、バス、ヒッチハイクなどもして制覇した。
 最近、北海道で常滑の古い時代の壷が発掘されたことが確認されて、常滑とアイヌの交易がちょっとした話題となっているので、ちょうど常滑には興味があった。

やっとのことで「常滑市民俗資料館」に到着。汗だくだ。皮パンはつらい。それにしても閑散として誰一人としていない。

何と、常滑民俗資料館は入場料が無料!しかも、展示の内容は素晴らしい。常滑の超一級品が並んでいる。特に圧巻は常滑特有の大壺の展示。

初期平安時代から近代まで年代順に並べてあるので、その変化がよく分かる。

また常滑に行ったら是非訪ねたい。

常滑民俗資料館を出て坂を下る。途中、キンモクセイが匂い立つ。

常滑の街には大きなレンガの煙突が目立つが、草や苔が生えているものが多い。近代まで甕や土管を薪や石炭で焼いていたものだろう。

 信楽で5年を暮らした僕にとって、常滑の風景は何ともノスタルジックで心地よい。まるで今、ここに自分が住んで陶芸をしているような錯覚すら感じる。一瞬、陶芸をするには常滑は良いところだなーと思ってしまう。こういう陶の産地を訪ねると気持ちが引っ張られてしまう。

 「そうじゃない。産地でなし得ない僕にしか出来ない北海道での創作活動に情熱を燃やすのだ。」自問自答を繰り返し、夕暮れの常滑の町並みを歩いた。

どうやら、常滑に漂うキンモクセイの香りが僕を惑わした。