冬は粘土づくり

 冬は当然ストーブを燃やします。ここ旭川では外気がマイナス25度くらいまで下がるので、暖房がないと、水分は凍ります。陶芸では凍害は致命的です。そのため温度管理は大切な仕事です。
夜間はオイルヒーターで一定に保ち。朝は1時間ほど灯油ストーブで急速に暖め、その間、薪ストーブを点火して日中は薪をくべて暖房とします。
温度のコントロールは断熱さえしていれば、容易なのですが、湿度の管理はなかなか難しい。特に冬場は乾燥が著しく、急速に作った作品が乾燥して行くと、歪んだり、縁から亀裂が入ります。
昔ながらの窯元などに作業場を土間にしているのは、自然の湿度を上手く利用したものなのです。
これにヒントを得て、この冬場は作業場で秋に掘った粘土を乾燥させる事にしました。

乾かした粘土は水に浸して泥状にして、石膏鉢に入れて水分量を調整して練ります。
僕が掘っている粘土は、風に乗って飛んできて堆積した粘土なので、自然現象で粘土粒子は揃っており、フルイにかけて不純物を取り除く必要もありません。
湿度調整も出来るし、粘土はどんどん作れるし仕事もはかどります。
色々考えながら日々、仕事に取り組むのは楽しいことです。

ひとつ気がついた事があります。掘って来た粘土をカチコチに凍らせてから、溶かすと自然と結合がバラバラになります。堅い粘土の塊をハンマーで砕く必要もなくなるので、結果的に作業効率がグンと上がりました。
旭川の寒さも強い味方になる事もあるものです。
今まで寒くて辛かった旭川の冬が、楽しいものになりつつあります。

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最後に思い出を窯に詰めて

 2000年から13年間使い込んできた窯のひとつが、とうとうその役目を終えた。
この窯との出合いは、思いもかけないものだった。
うつわを卸していた業者さんに請求書を持って行ったら、
なんと、前日に夜逃げしてしまったという事だった。
直前まで注文されたものを納品し続けていたので、突然の事にビックリした。
入金を期待していたので、僕は途方に暮れた。

店員の方達に事情を聞くと、彼女等にも給料がしばらく支払われていないという始末。
この店舗には陶芸材料も販売されており、材料や器具はいくつか残っていた。店員の方達に、これらを販売して、自分たちの給料や債権者の支払いにいくらか回したいと相談された。債権者となった人達が何人も訪れるので、切実な願いだ。

取り残されてしまった店員さんの事情も知って、陶芸関係の友人と共同で残った材料や機材を出来るだけ購入させてもらった。
この時に、入手した機材のひとつがこの中古の窯だった。

以前は店舗で陶芸教室などをしていたので、活用していたようだが、老朽化して来たために使われなくなって、倉庫の中にひっそりと眠っていたものだった。
古びたこの窯が「僕も連れて行って!まだ、働ける」と言っている気がしたので、とりあえず購入した。

それまで、薪、ガス、灯油の窯を使っていたので、当初は電気の窯を扱うのは初めてで、配線や電気の契約料金などで思わぬ出費が続いて戸惑ったが、慣れると扱い易い窯で温度上昇をプログラム出来るように改造するなどして重宝するものとなった。

ただ、使い込まれた上に使い込んで行くので電熱線はよく切れた。しばしば焼成中のうつわをダメにしてしてしまった事もあったが、何とか修理をしてこれまで使っていた。しかし、とうとう発熱線の寿命はとっくに過ぎ、窯には隙間が目立って来た。おまけに、窯の蓋は劣化して今にも落ちてしまいそうだ。

全面改修してみようかとおもって試算したが、かなりの時間と費用がかかるので諦めた。
今後は分解して、鉄枠や耐火物は資材として活用される。

ふと窯に取り付けられたプレートを見ると製造年月日1986年とあった。
僕が16歳の時に出来た窯だ。ちょうどその頃は高校のクラブ活動で陶芸を始めたばかりの時期に重なる。出合いとは不思議な縁だ。
今まで多くの作品を焼いてくれてありがとう。
ご苦労様でした。

「アール・ブリュット」とは何かを考えてみる(1)

(2013年2月12日 記事)

「心」というものは、優秀な外科医や脳科学者、精神科医であっても見ることが出来ない。存在する「形」がないからだ。しかし、私たちは社会生活を営む上で、この実体のない「心」というものを他者と少なからず通わさなければならない。一般的には、社会通念や生活体験を他者と共有し、共感を繰り返すことで、常識的な「心」の有り様を自分の中に築き、相手の「心」を推察できるようになっていく。

 しかし、なかなか上手くいかないのが世の常だ。時には全く「心」が通わないと感じる人もいる。それは共有できる情報量が著しく少ないからでもある。生きて来た過程が、自分のものや一般社会に多くあるものと異なっている場合は、特にその隔たりは大きい。社会生活に興味がない、または孤立して過ごしている人達の「心」の有り様を推察するのは容易ではない。

 先に述べたように、「心」というものは形が無い。入れ物もない。「小心者」と言うように小さくもなるし、「寛大な心」というように大きくもなる。そして、傷つき易くもあるし、強靭でもある。自分のリアルな「心」の有り様を表現することは自分でも難しい。子どもの頃には明確だったかもしれないが、年齢や社会経験を重ねると、世間に理解されずに孤立してしまうのではないかという恐れもあって、次第に抑制してしまい、自分がどんな「心」を持っているかを問われてもあやふやとなる。

 世界にいるのが自分ただ一人で、他者を意識することなく、また理性に抑制される必要もないと考えたら、「心」は一〇〇%開放できるのかもしれない。

 アール・ブリュットは作者が一般社会の常識的な「心」の有り様から逸脱、孤立していることによって自分の「心」の世界を色濃く昇華させた成果でもあるのだ。

 フランスの画家、ジャン・デュビュッフェが提唱した「アール・ブリュット」を私はこのように解釈している。
 「アール・ブリュットとは、経験や記憶によって培われた個人的な哲学思想が反映されて生み出されたもので、着眼点、発想そのものが作者に起因しており、他に類が見当たらない希な表現である」
 (ここでいう「経験や記憶によって培われた個人的な哲学思想」というのは「心」というものを私なりに具体的に考えたもの)

 このような解釈を踏まえた上でアール・ブリュットを見ることにより、作家の世界観がより浮き上がって見ることができる。

(つづく)

Aloise「Le Bateau poules」「めんどり船」
紙、油性チョーク 84×59,5 cm (制作1960~~1963頃)
アール・ブリュットの代表的な作家、アロイーズ・コルバスの作品。
46年間、社会から隔絶された環境で、自分だけの世界を「心」の中に描き出し、その世界の創造主として自分を昇華させ、画面にも登場させている。

(あさひかわ新聞 2013年2月11日号 工藤和彦「アール・ブリュットな日々より」)