鑁阿寺を参拝

栃木県足利市にある「鑁阿寺(ばんなじ)」に行ってきました。

足利駅を下車して、徒歩10分。

国宝に指定されている鑁阿寺の門が見えてきました。

鑁阿寺は真言宗の大日派の本山です。
地元では「大日さま」として親しまれて呼ばれているお寺のようです。
「大日」とは大日如来を意味しているのでしょう。
大日如来は真言密教の中で最も重要な仏で、「全宇宙そのもの」と解釈されています。
真言密教では、悟りを得る為に必要な智慧を象徴する金剛界と、この世の森羅万象を象徴する胎蔵界という2つの異なる世界観を持っています。この2つの世界観をうまく合わせて取り入れて、日本に伝えたのが弘法大師空海の最も優れたところだと、僕は思っています。


「鑁(ばん)」とは金剛界の中心にいる大日如来を意味し「阿(あ)」とは胎蔵界の中心にいる大日如来を意味しています。
この二つを合わせて「鑁阿(ばんな)」としており、大日如来をご本尊としているお寺として、最もふさわしい名前であると思います。この「バンナ」の響きに誘われて訪ねました。


国宝の本堂に参拝。

樹齢650年の天然記念物のイチョウが金色に輝いていました。
大日如来の化身、、、、といった神々しさ。
これほどのイチョウを見たのは初めてです。
来た甲斐がありました。

常滑を散策

中部国際空港から北海道に帰るので空港の近くの「常滑」を散策しました。
常滑には高校時代に小田原から来た思い出があって懐かしく。また焼き物の産地の風景は旭川で一人、陶芸に励んでいる僕にとっては里に帰って来たような感覚すらあって、心が休まるのです。

​常滑は鎌倉時代に強度のある大きな甕を作る技術を確立して、海が近いという立地条件から日本各地に輸出していました。
北海道の遺跡からも出土するほどです。
鎌倉時代中期になると北海道では土器づくりをしなくなってしまいますが、焼物の完成度の違いもあって作るより交易で得た方がいいとアイヌの人たちは考えたのかもしれません。

現在は使われていませんが、常滑には大きな登り窯がまだ残されています。

近代になると土管を大量生産する技術を開発し、常滑は一層繁栄しました。
常滑の土管は日本人の暮らしを、今も土の中で支えています。

土管の焼成は薪ではなくて石炭が使われるようになりました。
薪を使う登り窯だと、斜面を登ったり降りたりして作業しなければなりませんが、
石炭の窯(倒炎式角窯)では、平地で作業が出来るので作業効率が格段に上がったと思われます。

​重油、灯油、電気などにエネルギーが変わると、石炭窯も使われなくなります。

常滑の道を歩いていると、放棄された石炭窯をよく見かけます。

常滑の小学校の塀には、生徒さんが作ったオブジェが飾られてあって、何とも「焼物の町らしい」。
前を通るたびに自分の作品が気になるでしょうね。

今回、初めてINAXライブミュージアムに行ってみました。
INAXといえばタイルやシャワートイレが有名な企業です。

展示保存された大きな石炭窯の中に入る事が出来るのには驚きました。
焼物になった気分でこの窯の中で長い時間を過ごしました。
この大きな空間全体が、1270度の高温になるのですから凄いものです。

この美術館には、この他、展示資料も豊富で、特に建築壁面に装飾として使用されていたテラコッタを解体後に保存展示しているのには感銘を受けました。

​世界のタイルも豊富に取り揃えてあって、なかなか見応えのある内容でした。

​夏休みということもあって、こども達を対象に体験イベントも数多く開催されていて、家族連れで賑わっていました。

​焼きもの産地は何とも居心地がいいものです。
全国各地から若者達が集まってくるのもそうした空気感が魅力なのでしょう。

長い歳月をかけて作り上げた空気感に一日中浸って、陶芸家としての英気を養いました。
旭川に帰って、バリバリ作るぞ!と力強く空港に向かいました。

愛知県の旅

伊勢神宮に来るのは初めてです。
まずは外宮に参拝しました。
真夏のジリジリとした暑さの中での参拝でしたが、鳥居をくぐると不思議と凛とした雰囲気に包まれ、清らかな気分になりました。
いにしえの歴史を物語るように多くの巨木が神々しい。

特に参拝したかったのが大土乃御祖神(おおつちのみおやのかみ)「土、土地の神様」。
陶芸家として特に念入りに日頃の感謝を込めて参拝いたしました。

そして内宮に移動。
「天照大御神」日本民族の総氏神。
当然ながら日本民族の根本をなしている自然信仰の拠点としてその存在は揺るぎないものです。
厚い信仰心は今日の日本でも確かなもので、多くの参拝者でにぎわっていました。

近くの猿田彦神社にも参拝して、伊勢の名物「赤福」と「伊勢うどん」を戴きました。

伊勢から名古屋に急いで戻って、次に向かったのは名古屋市にある
チベット仏教寺院強巴林(チャンバリン)です。
日本唯一のチベット寺院として有名で、念願かなって行く事が出来ました。

日本の風景の中に、いきなり現れるチベット寺院の様相に目を疑いました。
中に入ってみると美しい仏画の数々、そしてお釈迦様のお像。
チベット寺院の様式を忠実に習って建造されたそうで、なかなか行く事が叶わないチベットへの熱い想いが募ってきました。

5世紀にインドで生まれた「密教」を色濃く残しているチベット密教は「弘法大師 空海」が中国から伝えた日本の密教とは違いはあるものの、根幹は共通ということもあるので、まったくチベット仏教を知らないとしても、仏教を少し分かっていれば理解できるものです。ちなみにこのチベット寺院はツォンカパを開祖としたチベット仏教ゲルク派に属しているようで、ダライラマの宗派と同じです。
本場のマンダラをたくさん見られるかと思いましたが、残念ながらそれはありませんでした。

参拝したあとには近くのカフェ「パルコル」でチベットカレーを食べ、バター茶も頂き、チベットの雰囲気を満喫しました。

数寄者 佐藤禎三先生のひな祭り

数寄者(すきしゃ) 佐藤禎三先生が催されているおひな祭りに行ってきました。
佐藤禎三先生は僕が独立して間もなくの頃に、札幌で僕の品物を見たのがきっかけで工房に訪ねて来られました。
その時に失敗作品として転がしていたものをご覧になり「これ!えーな~」と言われました。
「これ、頑張ってやりなはれ」と励まされ、今日まで続いているものが「黄粉引」です。
あの時は今のような完成度がないものでしたが、審美眼によってそれを見て取ったのは、数寄者として多くのものを見尽くしたからこそかもしれません。佐藤禎三先生との出会いは僕にとって大きなものとなりました。

毎年、おひな祭りのご案内を頂いているものの遠方にてなかなか行けませんでしたが、幸運にも今年は3月2日に大阪に居ることが叶いました。
実は、この佐藤禎三先生のおひな祭りは有名で、4日間の開催で4000人の方がご覧になります。しかも驚く事に無料開放していて、さらに驚く事に一人一人に菓子とお抹茶のご接待もあるのです。そんなお話を佐藤禎三先生から聞いていたので興味がありました。

藤井寺の駅から歩いて10分。突然、風格のあるお屋敷の門構えが目に入りました。一目で分かります。
門をくぐると、大きな石を組んだ庭。手入れの行き届いた木々が絶妙な配置で植えられています。

玄関から中に入ると一階の広間に無数のおひな様が並んでいます。
江戸初期のものから現在に至るまで、奇麗に飾られていて圧巻です。

ご近所の家族連れから、見るからにひな人形の研究しているような方までいっぱいのお客様です。皆さん一様に見入っています。

詳しくは分かりませんが、どれも風格があって、細部まで職人の手が入っていて
貴重なものだということは分かります。

鴨居の上に有名な佐藤コレクションの古伊万里のそば猪口。
5個揃いで残っている大変貴重なものです。驚く事にこの他、3000個をすでに大阪民芸館に寄贈しておられます。

いったん、門から敷地を出て前の人について裏に回ると、建物にのれんがかかっており、
そこに入ると沢山の人がカウンターに並んで座っています。
この空間はお菓子とお茶を一人一人に提供する場所でした。

年に4日間のためだけに作られた空間。
飲食店として毎日営業出来るほどの大きさと設備、極上の雰囲気です。
僕も一服。
佐藤禎三先生とここでやっと再会。(写真中央が佐藤禎三先生)

お客様にお茶を出されたり、サインを求められたり、質問にお応えするなど先生はお忙しくされておられました。

せっかくなので、裏方に回って手伝わせて頂きました。

1日1000人にお菓子とお茶をお出しする事がどれほど大変な事か裏方に回ってみて分かりました。
裏方にはご近所の方から、僕のようにお世話になっている陶芸家の方などが3人いて、お話ししながら見事な連携プレーでこなします。年配の方にお聞きするとビックリ!30年もこのおひな祭りは続いているということでした。
僕は午後2時から7時までの5時間のお手伝いでしたが、どんだけ茶碗を洗ってお抹茶を茶筅(ちゃせん)でたてたか検討もつきません。これを朝から晩まで4日間、、、、。

訪れる子供から大人まで、、、、皆さん笑顔です。
自分だけの世界とせずに、世の人のために培った美意識を伝える努力を惜しまない。これぞ数寄者なのかもしれません。

佐藤禎三先生の数寄加減は半端ではないと「ガツン」と思い知らされました。

森を育てる

森を育てる今日も木こりです。
林の中はとても清々しいです。

耳を澄ますと、鳥のさえずりやキツツキのコンコンコンという音が聞こえてきます。

静寂な林の中で申し訳ないのですが、
今日もチェーンソーで、けたたましく木こりです。
斧だったら、さぞかし風情があるのでしょうが、、、、。

裏山は広葉樹を主体にした林にしたいので針葉樹を中心に伐採です。
上の写真の「カラマツ」は明治時代に輸入して北海道に植たもので、その生命力の強さによって今や広く分布しています。
松の一種ですので、もちろん針葉樹に属しますが、これは日本の針葉樹の中で唯一落葉します!
松は落葉せずに一年中青々としているので、日本では角松などに使われるなど昔から縁起ものとされますが、カラマツだけは例外ですね。

立ち木を切る時には、倒したい方向に切り込みを入れます。
その後、反対側から切り進むと、、、、、切り込みを入れた方向に倒れます。
思い通りの方向に木が倒れるようにコントロールしないと怪我の元です。
ガガガガーーーーズドーーーーンと思い通りに倒れたときは気持ちがいいものです。

倒れた木を薪の長さに輪切りにしています。
下が雪なので、チェンソーの刃が地面にあたる心配もないので
刃をいためる事なくサクサク切れます。

森の中に光が差し込むようになって、細い広葉樹の木々達もこれで大きくなりそうです。

森を育てるために、木を切る。
「木こり」ってなかなか深い。