旧旭川温泉から何が沸き出す?  

(2012年5月13日 記事)

 昨年秋に大きな買い物しました。カタクリの群生地で有名な突哨山にある旧旭川温泉です。約4000坪の土地に、鉄骨の本館と木造の別館合わせて床面積が1000㎡。個人が所有するには文字通り大きすぎる買い物です。

 年配の旭川市民であれば、この旧旭川温泉で宴会などをした経験があるのではないでしょうか。開業当時を知る方によると、とても繁盛していたそうです。間取りを見ても、大宴会場には200人規模、その他に5室も宴会場があって、最大300人ぐらいの収容力があると思われます。かつての繁栄ぶりが偲ばれます。

 しかし、営業を止めてからすでに20年近く。その華やかな面影は現在まったくありません。外壁は風雪にさらされて朽ち始め、興味本位による若者たちの廃墟探検なるものにより、窓ガラスや壁が壊されるなどの被害もあって、廃墟の様相が一段と増しています。

 この建物に初めて出会ったのは10年前。旭川市内に住居を探していた折に、友人が紹介してくれたのが旧旭川温泉の隣の住宅でした。廃墟感が漂う旧旭川温泉の存在が気がかりでしたが、森に隣接しており静かな環境だったのと、敷地も広かったので住宅をお借りすることにしました。陶芸をする工房は引っ越しして間もなく廃材を集めて、自力で庭に建てさせてもらいました。

 住んでみるとやはり、お隣の旧旭川温泉の存在には困りました。深夜になると建物に入り込んで大騒ぎする若者たち、不法投棄をする人などあったり、何度か警察に通報したり、以前の所有者に管理の強化をお願いしました。
  所有者は遠方にお住まいという事情もあって、7年前から私が旧旭川温泉を作業場として使用する代わりに、ある程度の管理をする取り決めをしました。敷地の清掃や修繕、監視を強化することでトラブルは激減しました。

 住めば都とは良く言ったもの。10年も経つと、それなりにこのどうしようもないと思える物件にも情がでるもので、どうにかうまく再生したいと思い始めました。そんな矢先に売却の話が持ち上がり、不思議なご縁で私が旧旭川温泉を引き継ぐ所有者となりました。天命だったのかもしれません。

 所有者となって、まず旧旭川温泉の壁に1枚の写真を貼りました。フランスの片田舎に33年の歳月をかけて、一人で石とセメントで理想宮を作り上げた郵便配達夫のフェルディナン・シュヴァル(1836-1924)の白黒の写真です。

 尊敬するシュヴァルの信念のように私も根気よく、創作(建物の再生)に立ち向かって行きたいと思います。スペースが広いというのは、物を作る人にとっては都合がいいものです。それは色々なチャレンジが出来るからです。いま私は大きなステージを得て、新しいチャレンジにワクワクしています。

 旧旭川温泉から沸き出すもの。それは「ものづくり魂」!

(あさひかわ新聞 2012年5月8日発刊 連載「アール・ブリュットな日々」)

ところで、、、、

 廃墟探検や心霊スポットなどとした恐いもの見たさの建物への侵入行為はとても、とても困ります。こちらにとっては昼夜に敷地を知らない人にウロウロされるのは怖いことなんです。
 所有者の承諾がなく建物に入ると無論、不法侵入罪。ガラスを割れば器物損壊罪、物を盗めば窃盗罪。実際に侵入して来る者に対しては駐車している車のナンバーを確認して毎回警察に通報するなどしていますので、中には駆けつけた警察官に連行された若者たちが数人います。こちらとしても警察に連れて行かれる若者の姿を見るのは後味の悪いものです。

 これらの行為は周囲の人に迷惑をかけるばかりでなく、自身が思いもかけない怪我や事故に繋がることもあったり、なんと言っても犯罪者とみなされてしまいますので、廃墟探検や心霊スポット探検などの行為はやめましょう。
 あと、マスメディアやインターネットを介して、これらの行為を助長させることもやめてほしいものです。