新たなる挑戦!森の緑「緑粉引」

 僕は子どもの頃から森が大好きでした。週末にはよく森の中でキャンプした経験が多かったからだと思います。

 テント、寝袋、食料、炊事道具、着替えなど、必要最低限の荷物を背負って自宅から離れた森に行き、地形や風景で気に入った所で自分の気ままに居住スペースを自分の手で作ってゆく。スコップで穴を掘ってトイレも作ったりして。

 この当時の愛読書は太平洋戦争終戦後もそれを知らずに28年間、グアム島でサバイバル生活を続けることとなってしまった横井庄一さんの「横井庄一のサバイバル極意書・もっと困れ!」(1984年)と本多勝一さんの「ニューギニア高地人」(1964年)などでした。きっと、森の中で自然と対峙し、たくましくも、ゆったりとした暮らしへの憧れみたいなものを抱いていたのだと思います。

 しばらく森の中で生活するのは自分を見つめるいい機会です。夜の暗闇の中では自然の畏怖を感じ、夜明けをもたらす朝日への感謝。そういう気持ちが素直に出てくるものです。

 だからか分かりませんが、大人になったら自然の中で暮らしたいと思っていました。そんな憧れもあって、神奈川から信楽、そして北海道にやって来たのかもしれません。現在、我が家は森の中にあって写真は2階の窓からの風景です。うっそうとした緑の森が広がります。こういう環境で創作活動を出来るということは、厳しいこともありますが理想的だと感謝しています。

 森の「緑」をうつわで表現してみたい。その想いは年々強くなるばかりです。しかし、陶芸での「緑」の表現はなかなか上手くいかないものです。

 日本陶芸史の中で「緑」において代表的なものに「織部釉」があります。10年前からこの「織部釉」に、しばしばチャレンジしました。「織部釉」というものは釉薬の中の銅を反応させて緑色に発色させるものです。しかし鉄分の多い粘土を使っている僕の場合は濃い緑になってしまいます。なかなか思いどうりの鮮やかな緑にはなりません。そこで、下地を白い泥で覆ってから「織部釉」を施してみました。すると、今度は鮮やかではあるのですが深みが無い、、、もう少し調合を変えてみると今度は真っ黒。結局。粘土を変えて作るしか無いかと思って鉄分の少ない美濃の土を購入したりして作ったこともありますが、これは自分の目指す仕事ではないと思い直し、しばらく手をつけていませんでした。

 シラカバの灰から「シラカバホワイト」が誕生した時、ひらめきました。釉に銅を添加するのではなくて、下地の泥を緑にしたらどうなるのか?

 早速、試してみると可能性の一部が見えてきました。逆転の発想。下地にシラカバの透き通る灰釉を反応させることで、透明感のある「緑」となったのです。
 さらに試行錯誤を重ね、自分なりの「森の緑」を作り上げました。

 奥にあるのは黄粉引で、手前のものは「緑粉引」です。まだまだ完成度を上げるために手を入れる余地はありますが、僕の「緑」のイメージにとても近いものになりました。
 どうぞお手に取ってご覧下さい。

 僕は緑のうつわで「柿」を盛りつけるのが大好きです。秋になるのが楽しみ。

この記事が気に入ったら
フォローしてね!

よかったらシェアしてね!
目次