屋根修理(1)

(2013年7月9日 記事)

旧旭川温泉の改造計画はコツコツと進行中。これからは集中的に屋根修理。
雨漏りなどもして、だいぶ痛んでいるので早くなんとかしなければ、、、、
この建物は、屋根を修理して窯場にする計画。

屋根はいたる所にこのような穴があるんです。冬の積雪などで、痛みが加速します。
屋根を全部取り替えると費用が莫大なので、とにかく自分で塞ぐ!

鉄板を接着して、その上から錆び止めを塗布。あとは油性塗料で塗装。
このぐらいだと楽勝!!

こちらは穴が大きすぎたので、屋根の上に屋根を造作。何とか乗り越えた!!
そして、最大の難関が登場。

かなりのツワモノです。
幸いにも、この下は風呂場なので排水が出来ていて、
見て見ないふりをしてきましたが、もう限界です。
なんとかしなければ、、、

とにかく丸ノコでぶった切る。

開けてビックリ!やっぱり鉄骨も結構錆びてます。
さて、どうしようか。
思案中~

果てしない

(2012年8月20日 記事)

 旧旭川温泉の改修。
それはまさにネバーエンディングなストーリーなのです。

男湯、女湯、ボイラー室、脱衣所の空間は、鉄骨で出来ていて、
その空間の仕切りはコンクリート壁になっている。
この壁は壊しても建築物の強度には何ら問題ないようなので
壁を取っ払って、大きな空間を作る事とした、、、、、
が、これ!めちゃくちゃ大変!!

鉄骨で足場を組んで、ハンマーひとつで渾身の力を振り絞って
壁を叩いて叩いて叩きまくる。
タイルが貼ってあるので、なかなか壊れません。

足場を増設。ちなみにすでに、ここで2日目です。

もう、汗がだらだら。炭坑で石炭を掘っていた労働者の苦労を知りました。
とにかく、ガンガンハンマーを振って壊し、ようやくひとつの壁を壊しました。
3日でようやくひとつの壁が終了。

まだまだ、壊さなければならない壁が立ちはだかっています。
「壁を壊して前に進む!ど根性だ。それが人生!」
と自分で自分を励ます。

この空間には薪窯を制作の予定だが、
この調子では、いつになることやら、、、、

花見の部屋

(2012年7月28日 記事)

旧旭川温泉には部屋がいくつもあります。
昔は宴会場としてどの部屋もにぎわっていた事でしょう。
その一室を改修しました。

別館の2階にある15畳の宿泊スペース。
こちらからは、建物の中庭や裏山を望む事が出来ます。
桜がすぐ近くに咲いているので、室内にいながら花見が出来るのも魅力です。

まずは畳をとって、壁紙を剥がします。

そして、壁には自家製の貝漆喰を練ります。
窯焚きの時に貝殻を入れるので、貝殻の灰が採れます。
それをしばらく放置していると、パウダー状になるので
それにノリと水を加えると自家製貝漆喰の出来上がり!
これ、実は結構高級な素材のようです。

石膏ボードの上から塗ります。塗りムラも味。

漆喰を塗ると部屋の臭いが無くなります。
水分を吸収したり、発散したりするので空気が清浄して行くようです。
天然素材は凄い。

壁や柱、天井などは水性のペンキで白く塗りました。

地鎮祭

(2012年7年28日 記事)

営業を辞めてから20年ものあいだ、旭川の郊外に放置されていた 旧旭川温泉を再活用するために、出来るだけ自分たちの手によって、手作りで改修して行こうと考えました。

33年の歳月をかけて作られたシュヴァルの理想宮のように、時間がかかっても、
その行為そのものを継続して楽しむ事こそ、モノづくりの醍醐味だと思うからです。

ある意味、この世に完成というものは無いのかもしれません。
物事は瞬間瞬間で変容するものですから、当然か、、、

そういえば、インドに旅行した時に見たエローラの石窟寺院。
あれは300年もの歳月をかけて寺院を石を刻んで作ったんだったけ。
そこまででなくてもいいけど、、

これからの長い歳月、この旧旭川温泉の
建築物と寄り添って行きたいものです。

まずは、鷹栖神社から神主様を招き、 旧旭川温泉を改修するにあたって地鎮祭を行いました。

お祓い、工事の無事、この建物の行く末などを祈願しました。

旧旭川温泉から何が沸き出す?  

(2012年5月13日 記事)

 昨年秋に大きな買い物しました。カタクリの群生地で有名な突哨山にある旧旭川温泉です。約4000坪の土地に、鉄骨の本館と木造の別館合わせて床面積が1000㎡。個人が所有するには文字通り大きすぎる買い物です。

 年配の旭川市民であれば、この旧旭川温泉で宴会などをした経験があるのではないでしょうか。開業当時を知る方によると、とても繁盛していたそうです。間取りを見ても、大宴会場には200人規模、その他に5室も宴会場があって、最大300人ぐらいの収容力があると思われます。かつての繁栄ぶりが偲ばれます。

 しかし、営業を止めてからすでに20年近く。その華やかな面影は現在まったくありません。外壁は風雪にさらされて朽ち始め、興味本位による若者たちの廃墟探検なるものにより、窓ガラスや壁が壊されるなどの被害もあって、廃墟の様相が一段と増しています。

 この建物に初めて出会ったのは10年前。旭川市内に住居を探していた折に、友人が紹介してくれたのが旧旭川温泉の隣の住宅でした。廃墟感が漂う旧旭川温泉の存在が気がかりでしたが、森に隣接しており静かな環境だったのと、敷地も広かったので住宅をお借りすることにしました。陶芸をする工房は引っ越しして間もなく廃材を集めて、自力で庭に建てさせてもらいました。

 住んでみるとやはり、お隣の旧旭川温泉の存在には困りました。深夜になると建物に入り込んで大騒ぎする若者たち、不法投棄をする人などあったり、何度か警察に通報したり、以前の所有者に管理の強化をお願いしました。
  所有者は遠方にお住まいという事情もあって、7年前から私が旧旭川温泉を作業場として使用する代わりに、ある程度の管理をする取り決めをしました。敷地の清掃や修繕、監視を強化することでトラブルは激減しました。

 住めば都とは良く言ったもの。10年も経つと、それなりにこのどうしようもないと思える物件にも情がでるもので、どうにかうまく再生したいと思い始めました。そんな矢先に売却の話が持ち上がり、不思議なご縁で私が旧旭川温泉を引き継ぐ所有者となりました。天命だったのかもしれません。

 所有者となって、まず旧旭川温泉の壁に1枚の写真を貼りました。フランスの片田舎に33年の歳月をかけて、一人で石とセメントで理想宮を作り上げた郵便配達夫のフェルディナン・シュヴァル(1836-1924)の白黒の写真です。

 尊敬するシュヴァルの信念のように私も根気よく、創作(建物の再生)に立ち向かって行きたいと思います。スペースが広いというのは、物を作る人にとっては都合がいいものです。それは色々なチャレンジが出来るからです。いま私は大きなステージを得て、新しいチャレンジにワクワクしています。

 旧旭川温泉から沸き出すもの。それは「ものづくり魂」!

(あさひかわ新聞 2012年5月8日発刊 連載「アール・ブリュットな日々」)

ところで、、、、

 廃墟探検や心霊スポットなどとした恐いもの見たさの建物への侵入行為はとても、とても困ります。こちらにとっては昼夜に敷地を知らない人にウロウロされるのは怖いことなんです。
 所有者の承諾がなく建物に入ると無論、不法侵入罪。ガラスを割れば器物損壊罪、物を盗めば窃盗罪。実際に侵入して来る者に対しては駐車している車のナンバーを確認して毎回警察に通報するなどしていますので、中には駆けつけた警察官に連行された若者たちが数人います。こちらとしても警察に連れて行かれる若者の姿を見るのは後味の悪いものです。

 これらの行為は周囲の人に迷惑をかけるばかりでなく、自身が思いもかけない怪我や事故に繋がることもあったり、なんと言っても犯罪者とみなされてしまいますので、廃墟探検や心霊スポット探検などの行為はやめましょう。
 あと、マスメディアやインターネットを介して、これらの行為を助長させることもやめてほしいものです。