ビアジョッキーなマグカップ

朝、ロクロの前に立って、何をまず作ろうかと考えた。

「ビアジョッキーなマグカップ」にしてみた。

 2年前のことだ。このマグカップの制作を電話で依頼して来たのは、旭川に在住のご老人だった。「コーヒーが500ml入るようなマグカップが欲しい」と頼まれた。

「それってビアジョッキーじゃないですか」僕は即座にそう言った。
 ご老人は「なかなか思うような大きさのマグカップが無いんだ、コーヒーをガラスのビアジョッキーで飲めないだろう」とお困りの様子だった。その依頼の内容の面白さから、依頼を受けた。通常、個人からの少量の注文を受けるときは慎重になる。何故なら、失敗を見越しての安全策で倍の数を作らなくてはならないからだ。

 「ビアジョッキー」の意識で「マグカップ」を作るのはなかなか難しい。あまりゴツくならないように本体を作る。

  結構大振りなので、取っ手をどのようにするかも悩むところだ。
 やはり1番は持ちやすさ。2番目は強度。
 きっと、年齢を重ねると握力も無いだろうから、思いっきり太くしてみようと思った。

そして、出来上がったのが、このバナナハンド!中は空洞になっているから軽い!

黄色く焼き上げるので、取っ手のところはバナナみたいになるのです。
さて、どうですか、マグカップに見えますか?    でも大きさはビアカップ。

 マグカップが出来上がったので、ご老人に電話したところ、受け取りに来ると言う。
 車を運転してこられたご老人を客間にお誘いしたが、車から降りようとはしなかった。
 おもむろにご老人はドアを開けて指を差した。見ると、片足が無かった。

 義足を付けるのが面倒なようで、窓越しに出来上がったマグカップを渡した。
 一目見て、大変喜んでくれた。こちらもほっとした。

 ご老人は16歳で日本国軍に志願して、南方の最前線で戦ったという。
 その時に足を負傷してしまったらしい。
 戦後は、旭川で洋裁店を自営して、苦労して子供を育て上げたという。
 このような体験を笑顔で話しているご老人の姿に僕は感銘を受けた。

 ご老人はアクティブで、夏はスキューバダイビングをするという。
 陸で歩くよりも海の中の方が体の自由がきくらしい。
 何年か前には、南方の島にも行ったとのこと。

「会いに行くのを楽しみにしていたんだよ」とご老人。
 僕が神妙な顔で「そうですか、亡くなって行った戦友たちですね」と言うと、、、

 老人はキョトンとして僕を見て「南の国のお魚だよー」と言った。
 素晴らしい前向きなポジティブ思考だ。

 ご老人のマグカップの注文は2個、結局、余分に4個が手元に残ってしまった。

 デカすぎるマグカップはビアカップにもなれずに、作業場の片隅に眠る事となった。

 数ヶ月の後、ギャラリー一葉のオーナーの岸本さんが来訪した際に、このマグカップを見つけた。彼は「これはいいよ。元気が出るマグカップだよ」と言って2個お買い上げになった。

 僕は作っておきながら、その良さが自分ではなかなか分からなかった。
 とにかく、コーヒーをたっぷり入れて飲んでみた。
 コーヒー2杯分入る。
 朝、新聞を読みながら、ゆっくりとした時間を過ごしたい時には十分な量だ。

 きっと、ご老人は何回も立ち上がったりしないで、2杯分のコーヒーをゆっくり飲みたかったに違いない。僕はやっとその事に気がついた。

 僕の作った「ビアジョッキーなマグカップ」を手にしているご老人の姿を思い描くと、なんだか僕もやっぱり、元気が出てくるのです。