「アール・ブリュット」とは何かを考えてみる(3)

(2013年4月9 日 記事)

 自分のためだけに地球が回っているはずはない。自分にとって都合がいいだけの現実の世界など、あるはずがない。

 しかし、自分という存在を中心に世界を成り立たせる方法がまったく無いとは言えない。現実の世界で生命を維持しながらも、空想や妄想、幻覚、極端な思い込みなどで精神をコントロールし、心の中に非現実の世界を作り上げる。現実の世界から精神だけを分離して、その非現実の世界に閉じこもれば、自分にとって都合のいい世界で暮らすことは可能だ。

 アドルフ・ヴェルフリ(1864―1930)、アロイーズ・コルバス(1886―1964)、ヘンリー・ダーガー(1892―1973)。このアール・ブリュットを代表する三人は、スケールの大きな非現実の世界を心の中に作り上げた。他のアール・ブリュットの作家に比べ、その世界観を作品から垣間みるのは比較的容易だ。それは、彼らが長い年月にわたって膨大な作品の制作を繰り返し、自分の心の中に築いた非現実の世界が色濃いことにほかならない。

 アロイーズ研究に55年もの歳月をかけたアロイーズ財団会長のジャクリーヌ・ポレ=フォレルによると、アロイーズは妄想の中で泥の塊を空中に放り上げ、そこに太陽光線を浴びせることで色や形を生み出し、大好きなオペラの世界観を主体にした、全く新しい「地球」そのものを四十六年がかりで心の中に作り変えてしまったという。

 密教におけるマンダラは、悟りを得るための装置であり、象徴を駆使して全宇宙の姿が描かれていることを前回説明したが、その発想はアール・ブリュットにも見受けられる。
 マンダラの中心には大日如来が描かれており、全宇宙の創造主を表している。そして大日如来を囲むように、如来や菩薩など無数の仏が描かれており、隅に行けば行くほど仏の力量としては低くなるのだが、大日如来が世界の創造主であるのだから、すべての仏は大日如来の化身である。つまり、全宇宙の物質、現象をたどっていくとすべて創造主へと繋がっているという図式だ。全宇宙は創造主そのものと言っていい。アール・ブリュットにおいても、作家は非現実の世界を自身で作り出したのだから当然、創造主として存在しているので、アール・ブリュットの構造も作者が非現実の世界そのものの存在となっている図式なのだ。

 神秘体験によって全宇宙と一体になって、悟りを得るという密教の目的に対して、精神の安定のために非現実の世界を創造主として一から作り上げてしまおうとするアール・ブリュットの作家の考え方は極端でねじ曲がっているようにも思えるが、比較して考察すると大変興味深い。

アロイーズ・コルバスのスケッチブックより抜粋。背景にある赤い卵は作家自身の世界の起源の象徴として描かれているとジャクリーヌさんは分析している。

(あさひかわ新聞:2013年4月9日号 工藤和彦著 「アールブリュットな日々」より)

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