「アール・ブリュット」とは何かを考えてみる (2)

(2013年3月12日 記事

 何らかの情報がきっかけで、記憶が鮮明となったり、空想や妄想が生じるのは、誰にでも日常的に起こる現象だろう。これは嗅覚、視覚、味覚、聴覚、触覚という五感の膨大な記憶の蓄積が複雑に関連し合って導きだされるものだ。

 人類は古代からこの作用によって五感に働きかけるという手法を巧みに利用してきた。「絵」や「文字」はその最たる物だ。「火」、「水」、「♨」という文字や絵から得る印象はおおむね共通しているはずだ。宗教においてもキリスト教における十字架などは象徴として効果的に利用されている。

 空海が中国から伝えた密教にはマンダラという物があるが、これは難解な密教の教義を象徴を駆使して見事に表している。ちなみに密教とはブッダによって創始された仏教の最終段階にあたるもので、仏教発祥から約千年後の五世紀にインドで発展し、現在はチベット、ネパール、ブータン、日本に伝えられている。

 密教は修行や儀礼によって生じる神秘体験で悟りを得る事を目的としており、マンダラはその神秘体験を導きだす「装置」として考案された。
 このマンダラには、大日如来を中心に無数のホトケや神々が象徴として描かれており、全体で大宇宙を表している。修行ではマンダラを頭の中で思い描く事を繰り返し、神秘体験 によって大宇宙と一体となり悟りを得るというものだ。

(「胎蔵マンダラ」安達原 玄・作)

 私は、このマンダラとアール・ブリュットにいくつかの類似点を見つけ興味深く思っている。
 その最たる点はアール・ブリュットも「装置」としての機能が非常に高いことだ。

 アール・ブリュットの創作者は、造形を繰り返し創造する事により、現実の世界から経験や記憶によって自分にとって都合良く作り上げた非現実の世界に赴き、心の平静を得ている。この行為によって作り出された物を私たちはアール・ブリュットと称しているのだが、作者にとっては非現実の世界へ向かうきっかけ、すなわちスイッチ、装置という役割でしかなく象徴そのものだ。
 現にアール・ブリュットの作者は、出来上がった作品に対しての感心は希薄である。自身の精神世界を色濃く作り上げていくプロセスの方が作品より重要なのであろう。

(あさひかわ新聞 2013年3月12日 工藤和彦コラム 「アール・ブリュットな日々」より)

密教 (ちくま学芸文庫)
正木晃著 密教の歴史的背景やその意味するところ、実践までも解説された貴重な一冊

安達原玄 仏画美術館
仏画師 安達原 玄さんの仏画、マンダラが200点以上展示されています。

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