奇人研究会

(2012年11月12日 記事)

 先日、奇人研究会の海老名ベテルギウス則雄さんが我が家に来られた。  
 海老名さんは、横浜の中華街でド派手な帽子をかぶって颯爽とママチャリで走り抜けて行くおじさん、通称「帽子おじさん」こと宮間英次郎さんを最初に見出した人だ。

 電話がなく、住所が転々と変わってしまう宮間さんに連絡をとるのは難しく、まずは一番の理解者で、宮間さんの行動を熟知している海老名さんに所在をつかんでもらい、連絡をとっていただくのが手っ取り早い。そんなこともあって、海老名さんは宮間さん関係の依頼にその都度対応して下さっている。海老名さん無くして、宮間英次郎さんがこんなに世の中に知られることはなかっただろう。

(左から工藤和彦、海老名ベテルギウス則雄さんと奥様)

 海老名さんは奇人を研究している奇人研究会(正式には畸人研究学会)の会員で、宮間さんの他にも街の中にいる変わり者、奇人と言われる人達を研究している。その研究員の人数が気になったのでうかがってみると、「3人」ということだった。しかも、そのうちの一人は奥様で、メンバーの一人は最近ご無沙汰だという。無論、NPOなどではなく、全く自分たちの興味本意で動いている内輪の会といっていい。

 私は、この会はとても素晴らしい会だと思っている。なぜなら、研究対象とする人に対して、人間同士の尊厳を持った付き合いを重ね、時間をかけて信頼関係を構築しているからだ。さらに、研究対象とする人の利益やパッションを損なわないように計らいながら、外部の人に上手く橋渡しをしている点が素晴らしい。

 長年、滋賀県の福祉施設で陶芸を指導し、現在は世界的に注目を集めているアール・ブリュットの作家である澤田真一さんの創作を見守っている池谷正晴さんが、「私らは黒子です。目立ったらあかんのです」と言っておられたことを思い出す。
 じっくりと時間をかけて信頼関係を構築している人が近くにいることはアール・ブリュットの作家にとって非常に重要であり、また、そういう人がいることで、情報が集まり、様々なアール・ブリュットの展覧会を開催することが出来るのだ。

 読者の皆さんも、まずは「奇人研究会」をご家族やご友人で作ってみてはいかがだろうか。近くに少し変わった人生哲学を持った研究対象となる奇人が、必ずいるはずだ。

(あさひかわ新聞 10月9日号 工藤和彦著「アールブリュットな日々」より)

宮間英次郎さんの記事

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