信楽から吹いてくる風  伊藤喜彦

(2012年7月10日 記事)

信楽から吹いてくる風
伊藤喜彦(いとうよしひこ)

 コレクションの整理をしていたら、ふと思い出のある品物に目が止まった。同じ場所にしばらく置いてあったので埃がかぶっている。陶の作品なので丁寧にブラシで洗うと、再び美しく輝きを放った。
 陶は割れる心配はあるが、直射日光にも耐え、極寒でも凍らず、汚れれば水で洗う事もできるので、耐光性のない絵画や湿度管理の難しい木彫作品に比べるとコレクションとしては扱い易い素材でもある。

 私は滋賀県の信楽町という焼き物の産地で、陶芸作家の元で3年住み込みの修行した後に、信楽学園という知的障害のある児童のための県立の全寮制の施設「信楽学園」で2年間、窯業訓練の担当として働いていた。

 この作品はこの頃に頂いたものだ。もう20年前になる。伊藤喜彦さんが制作した土鈴で、振るとチリンチリンといい音がする。

 伊藤さんは1934年に生まれた。55年に信楽青年寮(成人の知的障害のある人達のための入所施設)が開設されると入所し、05年に亡くなるまで過ごした。

 信楽青年寮は地域の中で障害のある人達が働き、暮らして行くという事を古くから実践しているところで、信楽の町工場に青年寮の人達が働いている姿をしばしば見かける。伊藤さんも同じように町工場で働きに出ており、ブツブツ独り言を話しながら工場に通っている姿を毎日のように見かけた。

 伊藤さんは1980年頃から陶の作品を作っていた。絵本作家の田島征三さんが、伊藤さんの土鈴と出合い、それが「しがらきから吹いてくる風」(90年/シグロ制作/91分)の制作につながった。この映画は信楽の町で知的障害のある人達がおおらかに働き生きている姿を映し出したドキュメンタリーの傑作で、伊藤さんの豪快な制作の姿もしっかり記録されている。

 伊藤さんについて語られたもので、私が気に入っているのが、田島征三さんの著書「ふしぎのアーティストたち」(労働旬報社)で書かれた伊藤さんの自己紹介の様子だ。田島さんの来訪に伊藤さんは、トイレの隣に特設された個室の中から、「どこの誰だかわからんけど、お土産も持たずにアホな顔ぶらさげたのが来とるようやなあ。まことにもって、どうもすいません。わたしはナサケナイ、シガケンのシガラキのシガラキセイネンリョウの精神の心をググーッと押さえて、無視して土鈴つくってますねん」と挨拶する。

 精神をググーッ押さえてと言うわりには、伊藤さんには奔放で豪快な逸話が多い。

<あさひかわ新聞2012年7月10日発行 工藤和彦「アールブリュットな日々」より>