福祉に育まれた日本のアール・ブリュット

(2011年12月14日 記事)

1930年代から戦後間もなくまで、芸術の専門家たちは、山下清をはじめとした日本のアール・ブリュットに興味をもっていたようだ。しかし山下清の爆発的な人気に伴い、福祉分野の人達が障害のある人たちへの理解を促進する手段として、障害のある人たちの芸術活動を大衆に広めた。これによって当初は「特異な芸術性」を重視していた専門家たちは、次第にその興味を失うこととなる。これは「特異な芸術性」への専門家たちの興味から発展した西洋のアール・ブリュットと大きく違う点だ。

 日本におけるアール・ブリュットの発展は福祉分野が現在も牽引役となっている。近年になって西欧のアール・ブリュットが日本で紹介され、日本の作品が海 外で評価を受けるようになって、芸術を専門とする人や機関が関心を持つようになってはいるものの、中心的な役割を担っているのは地域の福祉機関なのだ。

  福祉分野の人達がアール・ブリュットの普及活動をすると、「アール・ブリュット」は「障害者の芸術」という間違った認識を、意図せず世間に浸透させてしま うことがしばしばあって残念にも思う。だからといって福祉分野の人たちがアール・ブリュットに関わっている事がマイナスに作用しているかというと、決してそうでは無い。

  そもそも「アール・ブリュット」とはフランスの画家、ジャン・デュビュッフェが提唱した言葉で「生(き)の芸術」が直訳だ。簡単に言えば流行や教育、 文化などによって影響されていない表現ということである。そのようなアール・ブリュットの作品を理解するのは難解で、芸術を専門とする人達の解説や既成概念などから離れた部分での感性が、まずは必要となる。現代芸術の成り立ちが分からずともいいのである。

 アール・ブリュットの発見、その最前線にいるのはもっとも作者の近くに存在している人である。「なんだか分からないが、これは凄い」というような驚きが何より大切で、その感覚を他者と共有して広げている福祉分野の人達のエネルギーは日本のアール・ブリュットを根底から支えている。今や独自の発展を遂げた日本のアール・ブリュットは、その多様性で世界を驚かせているのだ。

あさひかわ新聞 2011年12月13日発行「アールブリュットな日々」より

写真:アール・ブリュットジャポネ展(日本巡回展)の公式図録。パリで行われた「アールブリュットジャポネ展」の全作家作品を網羅した貴重な一冊。帯にある「障害者芸術」の文字からは福祉の財源からの資金援助が垣間みられます。日本のアール・ブリュットは福祉の人たちの情熱と行動力、工夫によって現在の広がりを保っており、僕はこれはとっても凄い事だと思うのです。なぜなら、フランスは芸術文化に対して国家予算の約1%を使っていますが、日本はそれに比べて国家予算の約0.1%にしか過ぎません。芸術文化が軽んじられている日本で、「アール・ブリュット」の存在を知らしめ、維持していくのはとっても大変な事なのです。